Sunday, December 31, 2006

年賀 ご挨拶

2007年一月一日 社交辞令だ。オメデトウございます。オメデタイのは庶民の頭だな。相変わらず。俺の頭のなかは「××したい」「××いたい」「××みたい」「××やたい」「××をたい」「××えたい」「××へたい」等々鯛の豊漁だ。ホントお正月からメデタイ。
 元旦早々でましたね。松岡農水相秘書が照会、NPO審査で内閣府に記録。大臣会見と矛盾。と来た。松岡お屠蘇を呑むまもなく対応策を考えているのだろうな。
 オボッチャマンも足を組んで朝日新聞朝刊を読みながらコーヒーをすすりつつムゥッとしているだろうな。何でぼくがご褒美に大臣にしてあげた人はスキャンダラスなのだろうか。大臣二人は金。政府税調会長は女。後ゲイ問題、幼児性欲者問題とくれば政権崩壊だ。スキャンダルだけで政権崩壊。見たことも聞いたこともないメルトダウン内閣として歴史に残るかもしれない。w
 だいたい松岡なんて素人目にも100パーセント危ない政治家じゃなかったか。 大臣には決してなれないドブネズミ議員だから見逃されている。そんな存在の議員を論功行賞で大臣にしてしまった。安部カス内閣の見識を疑うどころじゃなくて、そのまんま東宮崎県知事だ。


 文藝春秋社刊、「はじめての文学全12巻」は買ってはいけない。
「読みたい!」「読ませたい!」若い読者のために、作家自らが自作を選びぬいた中短編アンソロジーと銘打ってはいるが、 なぜ作家自らが自作を選び抜いて「読みたい!」なのだ?かってに読めばいいじゃないか。くだらない活字を拾い読みしろ。
「読ませたい!」は「買わせたい!」だろ。活字を適当に並べただけのものを文学と称して。12人の作家をあつめた意味が分からない。当世売れっ子ということか。お暇なら買ってよね。金あまってるなら買ってよね。教養ありげに見せたいなら買ってよね。村上春樹を文学と思うなら買ってよね。世界の春樹が文学と思うなら買ってよね。というゴミ本だ。

 大江健三郎が独り立ち。講談社の子飼いに?大江さん文学って楽しいですか?売れれば楽しいですよ。障害児が居ても楽しく暮らせますから。作家として売れることの恥ずかしさを、まあ、無視できるんですね。それほど部数でずにノーベル賞ですから、権威ありげに見える。春樹さんの心配事は売れすぎ。売れすぎ=大衆作家。大衆作家はノーベル賞もらえない。
 大江さんは世界平和、核問題、地球環境、南北格差など大問題は語っても障害者問題については語らない。親が作家として成功して稼ぎがよければ障害児でも好き勝手に生かしてあげられるからですか?

 光文社の古典新訳文庫はいい企画かもしれない。
バタイユ 「目玉の話」など面白そうだ。だってこれ旧訳では「眼球談」というタイトルだったのだ。イメージが違いすぎる。w
 ミルの「自由論」は岩波文庫でも新訳化されていなかっただろうか。読み比べてみたい。

 集英社 高倉 健 想(sou) 俳優生活50年フォトエッセイ集/3675円
 「時間があったら活字(本)を読め。
 活字を読まないと顔が成長しない。
 顔を見れば、そいつが
 活字を読んでいるかどうか分かる」
 48年前、内田吐夢監督にそう教えられた。 

 ふーん。でどんな活字読んでました?
 日本語の・・・活字が主でした。
 意味とか考えながら読んでました?
 意味考えるとダメなんです。渋い顔が崩れます。
 ひらがなに直して一文字ずつ睨みつけて読むんです。
 するとなんともいえない渋い顔ができてるでしょう。
 そうですね。アラビヤ語の活字を読んでいたらどうなっていたでしょうか。
 顔が右から左に流されてムンクの絵のような顔になっていたと思います。
 日本では売れなかったろうと・・・                        

0 Comments:

Post a Comment

<< Home